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手づくりてい鍼製作体験会

  • しょうえつ
  • 2 日前
  • 読了時間: 6分

世界に一本、自分の手で生み出す治療道具


久しぶりに、手づくりてい鍼製作体験会を行いました。

開催日は、2026年6月14日。


ブログを読まれている皆様の中には、


「えっ、自然農法の話ではなく、今度はてい鍼?」

「そもそも、てい鍼って何?」


そう思われた方もいらっしゃるかもしれません。


実は私は、自然農法に取り組む一方で、鍼灸師・マッサージ師という顔も持っています。

今でも時々、整体の仕事を続けています。


その施術の中で使うことがあるのが、今回の主役である「てい鍼」です。


普通、鍼と聞くと、先端が細く鋭く、ツボに刺すものを想像されると思います。

ところが、てい鍼は基本的に刺しません。

皮膚に当てたり、軽く触れたりしながら、身体の反応を引き出していく治療道具です。


刺さないのに、身体が変わる。

ここに、てい鍼の不思議さと奥深さがあります。


さて、前置きはこのくらいにして、本題に入りましょう。


今回の会場は、横浜市保土ヶ谷区にある、私のてい鍼工房。

場所は、亡き父が私たち兄弟と一緒に作り上げた温室の一角です。


実はこの工房にも、少しばかり歴史があります。


てい鍼を作り始めた頃は、家の縁側に隣接して建てた小さな簡易小屋の中で加工していました。

雨風がしのげるだけでも、本当にありがたかったものです。


ただし、その作業場へ行くには、いったん家に上がらなければなりません。

正直なところ、「少し面倒だな……」

そんな気持ちが、いつもどこかにありました。


それでも今思えば、あの小さな作業場も懐かしいものです。

父がそこに座り、一心不乱にてい鍼づくりに励んでいた姿が、今でも目に浮かびます。


今回、参加してくださったのはお二人。

お一人は大阪から。

もうお一人は川崎から。


遠方からわざわざ足を運んでくださったことに、まず感謝です。


お二人とも、ご希望は銀のてい鍼。

いよいよ、世界に一本だけのてい鍼づくりが始まります。


まず最初に決めるのは、てい鍼の長さです。


100ミリ、110ミリのサンプルを実際に手に取っていただきます。

手の大きさ、持った時の感覚、重さの感じ方。

ほんの10ミリの違いですが、使う人にとっては大きな差になります。


お一人は、100ミリがちょうどよいとのこと。

そこで、110ミリの銀の丸棒を100ミリに切断するところから始めました。


ここで登場するのが、金鋸です。


初めて金鋸を使う方にとっては、これがなかなか簡単ではありません。

刃が材料に引っかかる。

思うように進まない。

力を入れすぎると、かえって刃が止まる。


見ているこちらも、思わず力が入ります。


「肩の力を抜いて、ゆっくりで大丈夫ですよ」


そう声をかけながら、少しずつ、少しずつ銀棒に刃が入っていきます。


そして、ついに切断完了。


その瞬間、参加者の方の表情がふっとゆるみました。

まずは第一関門突破です。


次は、銀の丸棒を機械に固定します。

使うのはボール盤。

丸棒をチャックに固定し、回転させながら加工していきます。


ただし、ここでもひと工夫が必要です。


金属のチャックで直接銀棒を挟むと、材料に傷がついてしまいます。

そこで、紙ヤスリを適当な大きさに切り、チャックの爪が当たる部分に巻いて保護します。


こうした小さな手間が、仕上がりを大きく左右します。


準備が整ったところで、いよいよスイッチオン。


銀棒が回転を始めます。ここからが、てい鍼づくりの佳境です。


ヤスリを銀棒にそっと当てる。

均等な圧力で、前方へゆっくり動かす。

銀が少しずつ削られ、形を変えていく。


まさに、銀の棒が「道具」へと生まれ変わっていく瞬間です。


ところが、これがまた難しい。


強く押し当てすぎると、棒が曲がり、芯がブレてしまいます。

すると、きれいな半球や、なめらかな曲面になりません。


反対に、力が弱すぎると、いつまでたっても削れません。


強すぎてもいけない。

弱すぎてもいけない。


ここで大切なのは、ちょうどよい力加減です。


何事も中庸が一番。

てい鍼づくりは、まるで人生の稽古のようなものです。


こうして、一方の先端は半球状に。

もう一方は、ゆるやかな勾配を描く曲面状に削っていきます。


ヤスリで大まかな形を整えた後は、紙ヤスリによる仕上げです。


ここからは、さらに根気のいる作業になります。


ヤスリ加工でできた円周方向の細かな傷を、紙ヤスリで少しずつ消していきます。

粗い粒度から始め、だんだん細かい粒度へ。

何種類もの紙ヤスリを使い分けながら、表面を滑らかに整えていきます。


曇っていた銀の表面が、少しずつ光を帯びてくる。

触れた時の感触が、少しずつ滑らかになってくる。


この変化が、実におもしろいのです。


作業をしているうちに、ただの銀の棒だったものが、いつの間にか「自分のてい鍼」になっていきます。


自分で長さを決めた。

自分で切った。

自分で削った。

自分で磨いた。


その一つひとつの工程が、てい鍼の中に刻まれて記憶されていきます。

そして同時に、作り手の心の中にも刻まれて記憶されていきます。


だからこそ、完成した時の喜びは格別です。


既製品を買うだけでは味わえないものがあります。

それは、手間をかけた人にしか分からない愛着・愛情です。


治療道具として使う時にも、その感覚はきっと違ってくるでしょう。

自分の手で生み出した一本には、作り手の想いが宿ります。

その想いが、施術の中でどのような働きをしてくれるのか。

そこに、手づくりてい鍼ならではの妙味があります。


今回の体験会を通して、改めて感じたことがあります。


それは、てい鍼づくりの真髄は、自然農法にも通じているということです。


土を整える。

種をまく。

草を敷く。

生長を見守る。

作物の声に耳をすませる。


自然農法も、手づくりてい鍼も、共通しているのは「相手に心を注ぐ」ということです。


急がない。

押しつけない。

力まない。

相手の反応を見ながら、ちょうどよい加減を探っていく。


そして不思議なことに、注いだ愛情は、いつか必ず返ってきます。

作物から。

道具から。

人から。

あるいは、自分自身の心の深いところから。


今回の手づくりてい鍼製作体験会は、単に一本の治療道具を作る時間ではありませんでした。


それは、ものづくりを通して、自分の手、自分の感覚、自分の心を取り戻す時間でもありました。


便利なものがすぐ手に入る時代です。

けれども、あえて手間をかけることでしか得られない喜びがあります。


自分で作るから、体験するから愛着が湧く。

愛着が湧くから、大切に使う。

大切に使うから、その道具がさらに応えてくれる。


これは、てい鍼だけの話ではありません。

畑にも、仕事にも、人間関係にも、人生そのものにも通じることではないでしょうか。


注ぎ込んだ愛情は、注ぎ込んだ深さに応じて、必ず自分に返ってくる。


今回、私はそのことを、銀色に燦然と光る一本のてい鍼から、改めて教えてもらいました。


しょうえつ

 
 
 

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